バーバリー(Burberry)英国王室御用達ブランドとしての名誉とギャバジン素材の発明、伝統に裏付けられたラグジュアリーブランド


バーバリー(Burberry)英国王室御用達ブランドとしての名誉とギャバジン素材の発明、伝統に裏付けられたラグジュアリーブランド

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バーバリー(Burberry)の創業年月日、本社所在地、創業者

創業年月日

1856年
イギリス ハンプシャー州(Hampshire)ベイジングストーク(Basingstoke)に洋服店を開業

本社所在地

イギリス ロンドン(London, England)

創業者

トーマス・バーバリー(Thomas Burberry)

バーバリー(Burberry)の扱っている商品ジャンル

ファッション、衣類、アクセサリー、香水など

バーバリー(Burberry)英国王室御用達ブランドとしての名誉とギャバジン素材の発明、伝統に裏付けられたラグジュアリーブランド

バーバリー(Burberry)の創業者、トーマス・バーバリー(Thomas Burberry)の経歴

イギリスのイングランド南東部、サリー州(Surrey)のブロッカム・グリーン(Brockham Green)に生まれました。
地元の服地商に弟子入りして修行した後、1856年に洋服店を開業します。

1879年、汚れ防止のため農民が服の上に羽織っていた上着からアイデアを得て、ギャバジン(Gabardine)という新素材を発明しました。
この素材は、織目がきつく丈夫に作られた綾織りの生地のため、耐久性・防水性に優れていました。
電灯期にはウールを用いて織られますが、現在では、コットンやポリエステル素材、混紡でも織られることがあります。

1888年には特許を取得して、1917年までその製造権を独占しました。

1891年、イギリスのロンドンにThomas Burberry & Sonsの本社兼店舗を設立しました。
1895年ボーア戦争で、トレンチコートの前身となるイギリス人士官用の「タイロッケンコート(ボタンのないコートで、ひもでロックするコートという意味がある)」を製造しました。

1914年、第一次世界大戦で塹壕(トレンチ)での戦闘にマッチするようにタイロッケンコートのデザインに修正を加えて、手榴弾、剣、水筒がぶら下げられるD字型リングをコートに止め金として取り付けたトレンチコートを製造しました。

このトレンチコートは、イギリスの陸海軍に正式採用されました。

また、第一次世界大戦中に50万着以上着用されたため、戦争が終わった後には、市民の間でも広く着用されるようになりました。

1926年、イギリス王室近衛連隊の士官用グレートコート(大外套)を製作しました。

バーバリー(Burberry)のギャバジン素材によるコートのパイロットや探検家による着用

1910年、イギリスのパイロット、クロード・グラハム・ホワイト(Claude Grahame White)がロンドンとマンチェスター間の24時間以内飛行に初成功しましたが、その時に着用していました。

1911年、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Engelbregt Gravning Amundsen)と、南極点を目指しながら遭難したイギリスの探検家ロバート・スコット(Robert Falcon Scott)が防寒具やテントとして使用していました。

1914年、アーネスト・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton)率いる帝国南極横断探検隊が遭難しましたが、全員が奇跡の生還を遂げた時に、防寒着として着用されていました。

1919年、カナダのニューファンドランド島のセントジョンからアイルランドのクリフデンまでの初の大西洋無着陸横断飛行に成功したジョン・オルコック(Sir John William Alcock)とアーサー・ブラウン(Arthur Brown)が操縦服として着用していました。

1924年、ジョージ・マロリー(George Herbert Leigh Mallory)がエベレスト初登頂を目指して遭難した時にジャケットを着用していました。パートナーのアンドリュー・アーヴィン( Andrew “Sandy” Comyn Irvine)と共に頂上を目指していました。
彼は、「なぜエベレストに登るのか」という質問に、「そこにあるから」(Because it is there.)とニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで答えたことで、その言葉が世界的に有名になりました。

1934年、トム・キャンベル・ブラック(Tom Campbell Black)とC.W.A.スコット(Charles William Anderson Scott)がロンドン-メルボルン間のマックロバートソン・エアレース(MacRobertson Trophy Air Race)で操縦服を着用して優勝しました。

1937年、女性パイロットの先駆けだった、ベティ・カービィ・グリーン(Betty Kirby Green)と副操縦士のA.E.クラウストン(A.E. Clouston)がロンドン-ケープタウン間最速飛行に成功しました。
このとき、バーバリーがスポンサーでした。

バーバリー(Burberry)英国王室御用達ブランドとしての名誉とギャバジン素材の発明、伝統に裏付けられたラグジュアリーブランド

バーバリー(Burberry)の英国王室の御用達ブランドの認定、ロイヤルワラント(Royal Warrant)の取得

ロイヤルワラント(Royal Warrant)とは、別名を王室御用達の称号のことで、イギリスには、次の3種類があります。
(1)英国女王からの認定
(2)エディンバラ大公からの認定
(3)ウェールズ公からの認定
これらの王室のメンバーから品質を認められ、王室への納入を許可されたお店や企業が持つ令状のことをロイヤルワラントといいます。

ロイヤルワラントを取得するためには、かなり厳しい品質基準に合致する必要があり、王室は5年ごとに再審査を行い、もし品質やサービスが基準に達しない場合は、令状を取り消すことができます。

バーバリー(Burberry)は、この厳しいロイヤルワラントを3つ全て授与されています。

1919年、コート・ジャケット部門においてジョージ5世より授与されました。
1955年、コート・ジャケット部門において、エリザベス2世より授与されました。
1989年、コート・ジャケット部門において、チャールズ皇太子より授与されました。

その他のロイヤルワラントの例は、洋食器のウェッジウッド(Josiah Wedgwood and Sons)、紅茶のトワイニング(Twinings)などです。

バーバリー(Burberry)ファッションの変遷

1924年、トレンチコートの裏地として使用されていたチェックの生地のデザインを「バーバリー・チェック」として売り出したところ、世界中で大人気となります。
この「バーバリー・チェック」は、キャメル地に赤、青、白のラインで構成されています。「カントリー・タータン」と呼ばれる柄からアレンジしたもので、別名「ヘイトマーケットチェック」とも呼ばれ、公募で決定しました。
現在は「バーバリーチェック」として商標登録もされており、様々なカラーバリエーションの商品があります。

1970年から1990年頃まで、サッカーのフーリガンやバーバリーマンというコートを着た露出狂の着用の影響で、トレンチコートが低俗なイメージを連想されるようになり、ブランドイメージが低迷するようになってしまいました。

1989年、グレート・ユニバーサル・ストアズ (GUS) に買収されます。

1997年、アメリカ合衆国 ニューヨーク5番街にある、高級デパートサックス・フィフス・アベニュー(Saks Fifth Avenue)の社長だったローズマリー・ブラヴォー(Rose Marie Bravo)が社長兼CEOに就任し、バーバリーのトラディショナルでラグジュアリーなイメージにスタイリッシュでトレンドな要素を取り入れたいと考えていました。
ビジュアルキャンペーンとコレクションでのグローバルな表現により、バーバリー(Burberry)の改革に着手しました。

バーバリー(Burberry)英国王室御用達ブランドとしての名誉とギャバジン素材の発明、伝統に裏付けられたラグジュアリーブランド

1999年、クリエイティブ・ディレクターにジル・サンダー(Jil Sander)のアシスタントデザイナーだったロベルト・メニケッティ(Roberto Menichetti)を迎え、コレクションラインの「バーバリー・プローサム コレクション」を発表しました。

また、ブランド名も「Burberry’S」から「BURBERRY」に変更して、アイテムの大半も改善し、新しいバーバリー(BURBERRY)を設立しました。

2001年、ロベルト・メニケッティが退任、新たにグッチ(GUCCI)のシニアデザイナーだったクリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)が就任しました。

2005年、ローズマリー・ブラヴォーがCEOを退任、アンジェラ・アーレンツ(Dame Angela Ahrendts)が就任しました。

2009年、ロンドン・ウェストミンスターに新たなグローバル本社をオープン。クリストファー・ベイリーがチーフ・クリエイティブ・オフィサー (CCO) に就任しました。

2009年、「バーバリー ロンドン」から分かれて、デニム&アウターラインの「バーバリー・ブリット」とスポーツラインの「バーバリー・スポーツ」の2つのラインが創設されました。

2011年、バーバリーワールドストアのサイトが創設され、全世界にオンラインショッピングが開始されました。

2012年、「バーバリーロンドン・テーラリング」を新設しました。このブランドラインはスーツアイテムの拡大を目的としていました。
「バーバリー・スポーツ」を「バーバリー・ブリット」内に統合し「プローサム」「ロンドン」「ブリット」「チルドレン」の4種のラインがあります。

2014年、アンジェラ・アーレンツがCEOを退任、クリストファー・ベイリーが就任しました。
同年、アンジェラ・アーレンツは、アップルの小売・オンラインストア担当上級副社長となり、2014年の年棒は99億、その年の女性重役の最高額となりました。

2016年、「バーバリー プローサム」「バーバリー ロンドン」「バーバリー ブリット」の3つのコレクションを「バーバリー」レーベルに統合しました

バーバリー(Burberry)英国王室御用達ブランドとしての名誉とギャバジン素材の発明、伝統に裏付けられたラグジュアリーブランド

バーバリー(Burberry)の日本でのブランド展開

1915年、丸善がバーバリー(Burberry)のレインコートの輸入を開始したのが最初です。

1965年、三陽商会がコートの輸入販売を開始しました。

1970年、「バーバリー・ロンドン」を開始しました。バーバリーよりライセンスを受けて日本人の体格に合わせたライセンス製造でした。

1996年に「バーバリー・ブルーレーベル」を開始しました。
このブランドラインは、バーバリーの監修により、三陽商会がが企画製造した日本オリジナルブランドで、18歳から25歳までの若い富裕層をターゲットにして、トラディショナルでクラシックな品のあるスタイルをアピールして、安室奈美恵が愛用したことなどもあり大人気となりました。

1998年、「バーバリー・ブラックレーベル」を開始しました。25歳から35歳のメンズウェアラインとした、バーバリーの監修により、三陽商会がが企画製造した日本オリジナルブランドで、フォーマルからカジュアルまでヤング層からアダルト層まで大人気となりました。

「ブラックレーベル・ウィメンズ」(2013年6月まで)や「ブルーレーベル・メンズ」(2012年2月まで)も展開されていましたたが、2013年から元の体制に統合されました。

2015年、三陽商会によるバーバリーの製造ライセンス契約期間が終了し、「ブラックレーベル」「ブルーレーベル」は「クレストブリッジ」内のレーベルとして存続しています。

ライセンス製造によるハンカチや寝具などは日本ライセンス独自の展開商品です。

バーバリー(Burberry)英国王室御用達ブランドとしての名誉とギャバジン素材の発明、伝統に裏付けられたラグジュアリーブランド

バーバリー(Burberry)のブランドロゴ

ロゴは「Burberrys」と「BURBERRY」の二つが存在しますが、「Burberrys」は1999年のブランド名変更以前の製品についているもので、それ以降はすべて「BURBERRY」に統一されています。

バーバリー(Burberry)の古着はこちらから

おすすめ通販サイトをまとめた記事を書いていますので見てみてください。

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まとめ

・創業者のトーマス・バーバリーは服地商から洋服屋を設立
・ギャバジン(Gabardine)という新素材を発明、1888年に特許取得、1917年まで製造権を独占
・第一次世界大戦で塹壕(トレンチ)での戦闘に合わせて、手榴弾、剣、水筒がぶら下げられるD字型リングをコートに止め金として取り付けたトレンチコートを製造
・トレンチコートは、イギリスの陸海軍に正式採用
・イギリス王室近衛連隊の士官用グレートコート(大外套)を製作
・イギリスのパイロットや探検家が操縦服、防寒着として着用
・コート・ジャケット部門においてロイヤルワラント3つ全て授与される
・バーバリー・チェックはトレンチコートの裏地として使用されていた
・バーバリー・チェックは公募で決定、商標登録されている
・フーリガンやバーバリーマンの着用の影響で、ブランドイメージが低迷
・クリストファー・ベイリーやアンジェラ・アーレンツの改革でブランドイメージが一新
・三陽商会がが企画製造した日本オリジナルブランドだった「バーバリー・ブルーレーベル」「バーバリー・ブラックレーベル」がライセンス契約終了によりなくなる