ポール・スミス(Paul Smith)イギリスの伝統を基本にカラフルなストライプ柄や花柄を取り入れたクラシカルでありながら独創的なブランド


ポールスミス(Paul Smith)イギリスの伝統を基本にカラフルなストライプ柄や花柄を取り入れたクラシカルでありながら独創的なブランド

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ポール・スミス(Paul Smith)の創業年月日、本社所在地、創業者

創業年月日

1970

本社所在地

イギリス・ノッティンガム

創業者

ポール・スミス(Paul Smith)

ポール・スミス(Paul Smith)の創業から沿革

1970年、イギリス・ノッティンガムに店舗をオープンします。

1976年、始めてのメンズファッションショーをフランス・パリで開催します。

1980年、アメリカ・ニューヨークのデザイナーズコレクティブに招待されます。

1984年、伊藤忠商事との契約で南青山の骨董通りに店舗をオープンします。

1987年、ニューヨーク5番街に店舗をオープンし、当時の若いエリート層(通称:ヤッピー)に人気となります。

1991年、国産業デザイナー賞を受賞します。

1993年、レディスウェア・コレクションを発表

1994年、エリザベス2世女王から大英帝国勲章(CBE)が授与されます。

1995年、ウェブサイトを開設

1997年、当時の英国首相トニーブレア氏から親任式のスーツを依頼され、退任までの10年を担当します。

1998年、イギリス・ロンドンのノッティンガムに注文服のアトリエを併設した店舗を開店します。

FIFAワールドカップフランス大会イングランド代表チームの公式スーツ、ミニの内外装のデザインを担当しました。

2000年、エリザベス女王から(サーと呼ばれるようになる)ナイトを授与されます。

2002年、イタリアの家具メーカーカッペリーニとコラボレーションしました

2005年、イギリスのバイクメーカー、トライアンフとコラボしてバイクをデザインしました。

2007年、イギリスの衣料品小売業Raphaとコラボしてサイクルウェアをデザインしました。

2008年、マンチェスター・ユナイテッドFCの公式スーツを担当しています。

2009年、エビアンの水のボトルをデザインしました。

2010年、ポール・スミス・ジュニアの子供服のコレクションを発表します。

2011年、英国ファッション大賞アウトスタンディング・アチーブメント賞を受賞します。

2012年、フランス・パリ市・ヴェルメイユメダルを受章します。ライカのカメラのデザインを担当しました。ロンドンオリンピックの記念切手のデザインを担当しました。

2013年、デビッド・ボウイのアルバムのTシャツの公式デザイナーになりました。

2015年、デビッド・ボウイの最後のアルバムのTシャツの公式デザイナーになりました。

2016年、メンズとレディースのファッションショーを融合させます。ランド・ローバーのディフェンダーの設計を担当します。

2018年、ニューバランス57630周年記念のシューズデザイン(サッカーブーツを含む)を担当します。

ポール・スミス(Paul Smith)のデザイン

 ポール・スミス(Paul Smith)のデザイン

「ひねりのあるクラシック」がコンセプトで、イギリスのそれまでの伝統だった紳士的でクラシックなデザインにカラフルなストライプや花柄、画像のプリントなどの最先端の技術を取り入れた独創的なデザインが特徴です。

フォーマルとカジュアルが融合したデザインにイギリスの伝統を織り交ぜたスタイルは世界的な人気となりました。

彼のデザインの方法は独特で、アイデアを書き留めたメモを見ながら言葉でデザインを伝えて服を製作していきます。

社交的でユーモアにあふれていながら実直で礼儀正しい人柄は「ダディ・オブ・ファッション」とも呼ばれています。後輩の育成に情熱をそそぎ、新しいデザイナーをデビューからバックアップして育てておりポール・スミス奨学金を設けています。

ポール・スミス(Paul Smith)の交友関係

シャネル、フェンデイや自身のブランドを持つ、カール・ラガーフェルド、ヴェルサーチのデザイナー、ドナテル・ヴェルサーチと共に新人デザイナー育成プロジェクトを担当していました。

ミュージシャンではデヴィッド・ボウイやポールウエラー、俳優ではダニエル・デイ・ルイス、ゲイリー・オールドマン、デビッド・キャメロン首相やダイアナ妃、イングランド銀行総裁マーヴィン・キングなどの財界人、デビッド・ベッカムなどの衣装やフォーマルを担当し、その交友関係はかなり幅広いです。

デザイナーや新人デザイナーとの交流も盛んで、日本のコムデギャルソンのデザイナー川久保玲やドリス・ヴァン・ノッテン、アレキサンダー・マックイーン、キーン・エトロなどのデザイナーの育成と交流もあります。

ポール・スミス(Paul Smith)の経歴

1946年、イギリスのノッティンガムで生まれます。自転車レースのプロレーサーになることを夢見て15歳で学校を辞めて衣料品倉庫で働いた後自転車レースの練習をしていました。

1963年、17歳のとき、交通事故に遭い6か月入院しているときにアートスクールに通う友達から芸術とファッションの世界に誘われてこの世界に入ります。

1970年、後の英国ファッション協会会長のハロルド・ティルマンに見いだされイギリス・ノッティンガムに店舗をオープンします。マーガレット・ハウエル、ケンゾーなどの商品を取り扱っていましたが、徐々に自分の商品を販売していきました。

この頃ロンドンの高級専門店ブラウンズのコーディネーター・デザイナーを兼任して買い付けとデザインを両方担当しており、3年間買い付けやデザインを担当することで本格的なキャリアを開始します。

ポール・スミス(Paul Smith)のブランドライン

ポール・スミス(Paul Smith)のブランドライン

ポール・スミスPaul Smith(メンズ、レディス)

メインライン(Main line)の名称でこのブランドの基本ラインです。パリ・コレクション(メンズ)、ロンドン・コレクション(レディス)などプレタポルテ(既製品)のもので、ほとんどがイタリアで縫製されています。

デザイン性が高く精緻な縫製技術が必要な製品には日本で縫製された製品が多いです。

ビスポークサービス(Bespoke Service(メンズ、レディス))

ウエストボーンハウス店でのテーラーなどの技術者が常駐するアトリエ(テーラリングルーム)で製作される注文服(ビスポーク)のラインです。

ロンドンの金融街シティにあるロイヤル・エクスチェンジ店で予約が可能です。

2008年、ニューヨークに技術者が渡航して注文会が行われました。

ノッティンガムでも地元のお客様を対象に注文会が行われています。

ポール・スミス・コレクション(Paul Smith COLLECTION)

日本限定のブランドラインで、ハイクオリティ、ハンドメイド・フィーリング、アーティスティック・フィーリングの3つのコンセプトによるラグジュアリーなメンズウェアです。

海外のイギリス製のラインより更に上質な服を提供するイタリア製中心のラインとしてハロッズなどの限られた店舗で展開されていましたが、日本製中心で日本限定での展開となっています。

海外ではイタリア製中心にであり、ビスポークのラインが更に上質な服を求める顧客のニーズに対応していることもあり、現在は展開されていません。

Individual Order

Paul Smith COLLECTIONでのパターンオーダーの注文服のライン

ポール・スミスロンドン(Paul Smith LONDON)

ロンドンライン(London line)と呼ばれるビジネスでの使用を想定したスーツ中心のメンズウェアのライン。

世界的に著名なデザイナーズブランドのビジネススーツのレーベルのひとつとして有名です。

ブリティッシュ・コレクション・ポールスミス(The British Collection Paul Smith)

Paul Smith LONDONでイギリスの素材や仕立てにこだわったラインです。

2013年、ロンドン・コレクションに参加して新作が展示会形式で発表されるようになりました。

ヨークシャーの生地工場クリソルド社との協業を開始しています。

Paul Smith Exclusive

アメリカ・ニューヨークのバーニーズ・ニューヨーク限定のメンズウェアのラインです。

ビジネススーツのレーベルというよりは、基本ラインをバーニーズ・ニューヨーク向けにこだわったラインが特徴です。

ポール・スミス・ブラック(Paul Smith BLACK)

ビジネススーツを中心としたレディスウェアのラインです。

PSポール・スミス(PS Paul Smith)

カジュアルウェアを中心としたメンズウェアのラインです。

ポール・バイ・ポールスミス(Paul by Paul Smith)

カジュアルウェアを中心としたレディスウェアのラインです。

ポール・スミス・ジーンズ(Paul Smith JEANS)

ジーンズを中心としたメンズのカジュアルウェアです。

RED EAR

Paul Smith JEANSで特に日本製の高品質なジーンズにこだわったラインです。

ポール・スミス・ジュニア(Paul Smith JUNIOR(ボーイズ、ガールズ))

子供服のブランドラインです。

R.NEWBOLD

ポール・スミスの服の一部を製作していた100年以上の歴史を誇るR.NEWBOLDという工場が廃業するのを惜しんだポール・スミスが買い取ったことで設立されたカジュアルウェアブランドです。

ポールスミス(Paul Smith)イギリスの伝統を基本にカラフルなストライプ柄や花柄を取り入れたクラシカルでありながら独創的なブランド

日本でのポール・スミス(Paul Smith)の展開

日本でのポール・スミスは伊藤忠商事が中心となり、メンズウェアは伊藤忠商事の事業会社であるジョイックス・コーポレーション、レディスウェアはオンワード樫山の二社で展開されています。

海外ではメンズウェアはポール・スミス・リミテッド、レディスウェアはオンワード樫山のイタリア現地法人ジボ・コー(Gibo’ Co. spa )が製造販売を行っています。

海外販売のメンズウェアはかつては主にイギリス製だったが、既製服産業の衰退により90年代以降はイタリア製のスーツなどにイギリス、イタリア、ベルギー、ポルトガル、インド、中国など他国での製造が増えています。

日本からはRED EARのジーンズが輸出されていました。

2006年、基本ラインに日本での縫製の製品が導入され、日本製のスーツなどが販売されています。

現在ではイギリス製品は生地以外では、ビスポーク(注文服)、ニットなどの既製服、靴などに限られてきています。

日本ではメンズウェアはイタリア製やイギリス製などの輸入生地や日本製の生地を用いて、日本で海外と同じデザインで日本向けのサイズ規格でスーツなどの縫製を行っています。イギリス、イタリア、インド、中国、ベトナムなど他国製造の製品もあります。

ポール・スミス・スペースなどの店舗では一部直輸入の海外向けのサイズ規格の製品も販売されています。

レディスウェアはイタリア、中国、日本などの製品があり、海外・日本ともに同一企業による製造販売のためメンズウェアよりも小さくなっています。

海外でのポール・スミスは、路面店と高級専門店のラグジュアリー市場でミドルエイジ中心の展開であるのに対し、日本でのポール・スミスはデパート内のショップとフランチャイズ契約による若年層を意識した展開となっています。

海外では、近年のプレタポルテのラグジュアリー化などの影響で高価な設定にしているのに対し、伊藤忠商事の手法である多店舗展開でセールしない代わりにスーツの販売価格を下げるブランディングの方法による相違があるといえるでしょう。

2005年、伊藤忠商事はポール・スミス・グループ・ホールディングスの株式を40%取得して経営に参画しています。

伝統的に繊維に強く、世界の一流生地メーカーにウールを提供するグループ企業をオーストラリアに所有するなど、ポール・スミス・リミテッドの世界戦略上の重要なパートナーでもあります。

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まとめ

・ポール・スミスは15歳の時学校を辞めて働きながら自転車のプロレーサーを目指すが事故により断念しデザインの世界に

・イギリスの伝統とカラフルなストライプ柄、花柄、画像のプリント柄などを導入したデザイン

・ミュージシャン、俳優、政財界人、スポーツ選手などのデザインと交流

・後輩デザイナーの育成のため奨学金制度も

・服や服飾小物だけでなく、バイクや車、家具、建築物、切手などデザインの範囲は幅広い

・海外製品や日本製品の縫製で日本製が多く、デザイン性の高い複雑な縫製も担当